起業は不況下で始めてこそ成功するものである







ここで唐突ですが、
「ビジネスをスタートするのによい時期とは、好況の時でしょうか?不況の時でしょうか?」
という質問をされたとき、あなた自身はどのように答えるでしょうか?

 一般的な心理としては、ビジネスとは好況の時期の中で行いたいものですし、不況期における世間的な消費マインドが冷めてしまっている状況で、「起業をする」というリスクの高いアクションを起こすことはほとんど自殺行為と考える人のほうが多いといえます。

 しかし、世間の景気がよい時期であっても、悪い時期であっても、起業家がビジネスを行う上でのメリット・デメリットというのはそれぞれに発生することになります。むしろ、新規に市場に参入する起業家にとっては、不況期のほうが様々なメリットが得やすい時期とさえいます。たとえば、不況期において起業家がビジネスを開始した場合に、考えられるメリットには以下のようなものがあります。

・人材確保が容易である
 不況期の人材マーケットでは失業率も高いため、優秀な技能(起業家が求める技能)を持った人が見つかりやすい時期といえます。雇用賃金も世間的な相場が下がっているので、適正な賃金での採用がしやすい時期といえます。

・金利が安い
 ビジネスプランがしっかりとしたものであり、金融機関に融資を依頼しても認可してもらえるようなものである場合は、低金利で資金の調達が可能になります。

・仕入れが安い
 世間全体の消費マインドが冷え込んでいる時期には、在庫処分に困っている会社なども多くなるため、必要な機材・材料などがたたき売りともいえる状況で売り出されることが多くなります。

・競合価格の優位性
 起業家が新規に市場に参入するような場合に、既存の他者が好況期につけた価格・値段は、既存客との関係などから、世間の消費マインドが冷えているにも関わらず、下げにくい状況になっていることが多くなります。他社の値段が「高とまり」している時期には、起業家が十分に利益を出せる価格で参入することでメリットを出すことができるようになります。

・政府などからの助成金
 不況下の経済状況では、多くの国や自治体が中小企業支援や雇用対策、新規産業・創業支援等の政策を立てることが多なります。そのような場合に、起業家が適切なビジネスプランのプレゼンテーションを行うことによって、返済の義務のない助成金を得たりするなどして、有利に事業を展開することができるようになります。

・広告宣伝費が安い、枠が空いている
 起業家がビジネスを始めて、顧客に対してのマーケティングのテストを行おうと考えるとき、景気がよい時期には効果が高いと考えられる媒体は広告費が非常に高い上に、それを申し込んだとしても枠が完全に埋まってしまっていて広告が打ちにくい状況であることが多くなります。不況の時期に、大手企業などが真っ先に削ろうとするのは効果の分かりにくい広告費であるため、適正な価格で広告テストを打てるようになります。

・顧客が少なく、考えるためのまとまった時間が多い
 起業家(経営者)の仕事というは「頭を使って考えること」です。景気のいい時というは往々にして、誰もが非常に忙しく自分の体を使って働くことで様々な顧客からの要望にこたえていく必要が出てくるものですが、不況期においては顧客が少ないため、自分の頭を使って考える時間が多くなります。

 一般的には「世間が不況の時期には起業など行うべきではない」と考えられていますが、実際には不況の時期にはこのような「起業家にとってのメリット」と呼べる事柄がさまざまに発生していることが分かります。

 それでは、不況の時期にはこれほど「起業家にとってのメリット」がたいへん多いにもかかわらず、一般的には「起業はすべきではない」とされているのでしょうか?

 それは、「消費マインドが冷えているため売り上げが上がりにくい」からです。

 確かに、景気が好況の時期には、世間の消費意欲も旺盛ですので、起業家が事業に参入した際にも簡単に売上が上がりやすい時期といえます。反面、好況時には景気の悪い時期には起業家にとってのメリットとなる、先にあげたような要因すべてがことごとく不利に働くため、収益性の悪いビジネスとなりやすくなります。

 この章では何度も述べてきているように、起業家は顧客に対して「価値の提案」を常に行っていかなければならない存在なのですが、顧客の側の心理として「お金を払ってもよいほどの価値」というのは、常に変化していくことになります。

 世の中が好況な時期というのは、世間の人たちの消費マインドが弛んでいるので「本質的に価値のあるもの」だけではなく、「本質的に価値の低いもの」「本質的に価値があるのかどうか分からないもの」「世間で価値があるといわれているもの」といったものに対して、お金もたくさん支払われることになります。

 逆に、世の中が不景気な時期には、人々の消費に対しての意欲は極めて減退しますが、それでも全く消費が行われなくなってしまうわけではありません。世の中が不景気な時期には、「本質的に価値のあるもの」に対してのみ、人々はお金を支払いたいと考えるようになります。そして、好況の際に多く支払われていた、「本質的な価値のないもの」や「自分には価値があるかどうかが分からないもの」などといったものへの支出が見直され、見送られていくことになります。

 世の中が「好況」から「不況」に入る時期というのは、世の中の「本質的に価値があるもの」の変化が急速に起こる時期で、これまでに発生していた「本質的な価値のないこと」の見直し、リストラが発生する時期といえます。

 起業家が新たにビジネスに参入する際、起業家が行おうとする「価値の提案」がこれからの顧客(市場)にとって「本質的に価値のあること」である場合には、「不況」の時期のほうが、先に述べたように起業家にとってのメリットが発生しやすくなります。

 逆に、起業家がこれから行おうとする「価値の提案」が、顧客にとって「本質的に価値が低いこと」で、景気のよい時期でないと「お金を払って買ってもらえないもの」の場合は、好況の時期に参入しなければなりません。しかし、そのような「本質的な価値の低いもの」というのは、景気の循環で必ず現れる「不況」の時期においては、誰からも買ってもらえなくなってしまいます。好況を前提としたビジネスは、不況でつぶれてしまうのです。

 つまり、起業家が継続的に存続するビジネスを成功させるためには、「本質的に価値のある提案」行いながら、「不況」の時期にこそ始めるべきといえます。
 
 「起業家が”不況”の時期にビジネスを始めるべき」ということについては、歴史的にも多くの実例が示されています。簡単に例をあげると、次のようなものがあります。

 アメリカにおいては、1980年代の後半から1990年代前半には、深刻な国内的な不況の時期にありましたが、それを好転させたのはいわゆる「シリコンバレー」を中心とした、情報産業による新たな価値観の創出であって、そのようなタイミングで事業を開始した「ネットベンチャー」によって、様々な起業成功者(アントレプレナー)が誕生しています。

 日本においても、太平洋戦争が終わって、国土が焼け野原になってしまった「不況」というよりは「恐慌」に近い状態から、事業を開始して、世の中に対して「価値のある提案」を絶えず行っていった人のなかから、「偉大な起業家」と呼べる人々が誕生しています。

 最近では、「100年に1度の世界的な不況」と呼ばれるほどの状況にあるといわれていますが、そのような中でも、日本国内の有名な衣料品販売チェーンや、外食チェーンなどの一部「アントレプレナー的な」「本質的な価値を提案している」企業においては、過去最大の収益を発表している会社はあります。
 
 起業家が事業に参入する際には、「本質的な価値の提案」がなされる限りは、どんな時期に参入してもよいのですが、「本質的な価値」というのは、世の中の景気が冷めきってしまっている不況の状況で明確になりやすく、また起業家にとっては不況時のほうが様々な参入メリットが発生することになります。

 そのため、できるならば起業は「不況下でこそ」始めたほうがよいといえます。

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