果てしない「物理的な明るさ」こそが東京の価値だったのだな、と思う件

東京では節電が続いている。

震災の原子力発電所の事故の影響で、電力供給の不足はこれから先も恒常的に続くことが確定的になっているので、この状況はこれから先、最低でも1年程度以上は続くことになるのだろう。

4月に入って、東京を少し離れる用事があり、その後戻ってきたときに、薄暗い東京を歩きながらしみじみと感じたことがある。それが表題のとおり「はてしない物理的な明るさが東京の価値だったんだな」ということである。






自分は地方出身者で、初めて東京に来たのは20数年ほど前の、高校の修学旅行の時だった。

午前中の時間帯に新幹線で東京駅に近づいたとき、車窓から見えたビル群の巨大さにまず目を奪われた。その後に、実際に降りて歩いてみて思ったことは、「東京って案外ゴミゴミしてて汚いな」ということだった。その印象は、その後もほとんど変わっていない。

しかし、夜になってからの東京の「物理的な明るさ」が、高校生時代の自分にとっては強烈な印象を残した。おそらく初日に東京ディズニーランドに行ったと思うのだが、TDL に夜まで滞在した後、ホテルまでバスで1時間ほどの道のりだったが、窓の外では必ず絶え間なく光が輝いていて、その明るさに不気味ささえ感じたのを覚えている。さらに、修学旅行を終えて、自分の地元に夜戻った時、「物理的な明るさ」の東京との圧倒的な差に、寂しさを感じたのも記憶として鮮明に残っている。

震災後の節電ムードの中でいったん東京を離れて、夜にまた薄暗い東京に戻ってきたときに感じたことが「東京に戻った感じがしない」「物理的に暗い東京に価値があるのか?」ということだった。

東京に生まれ育った人などは、「いつもと違う感じが趣があってよい」という人もいるし、評論家なども「これまでが使いすぎだっただけなので、これでいいんだ」という趣旨のことを言う人もいるのだが、多分そんなに簡単な問題では済まない気がする。

地方出身者の感覚として、「物理的な明るさ」を伴わない東京は、その価値を見出すのが難しいのだ。

東京は、土地は狭くて高い。全体として人間に温かみがあるわけでもない。言葉は日本語の中では一番冷たく、無機質だ。東京に戻ってきたときに、そこに住む人間(特に地方出身者)がまずほっとするのが、「物理的な明るさ」、つまり「電力そのもの」だった気がするのだ。

これはおそらく外国人にとっても同じことで、初めて東京に来た外国人を案内すると、その「都市としての巨大さ」、「空間の窮屈さ」、「人の多さ、日本人の無表情さ」にある種の不気味さを感じることが多い。予防接種を受けてくる人も多いので、あまり清潔なイメージもないらしい。そのマイナスなイメージを補うのが、「果てしない物理的な明るさ」や「電気仕掛けのち密な機械」である場合が多いのだ。

原子力発電所の均質で安定的に周り続けるタービンによって、24時間365日果てしなく生産される電力こそが東京(ひいては日本という国)のイメージだったりしたのだ。

外国人や地方出身が東京の経済に及ぼしている影響はかなり大きい。震災直後1ヶ月でも観光やサービス業などではかなりの経済被害が出ているとの報道も見られるようになってしまった。原子力発電所の新設が普通に考えて最低数年は無理だと考えると、電力の供給がすぐに大きく改善する可能性は低い。その際、東京が「物理的な明るさ」以外のもので、(特に金持ちの)外国人や地方出身を引き付ける魅力を維持するのは、思いの他難しく、回復するにしてもものすごい時間がかかるのではないかと思う。都知事と節電担当大臣が言い争う政治の状態からしても、むしろ自滅の道を歩むのかもしれないという危惧さえある。

いずれにしても、ふんだんな電力供給を前提とした価値観は崩れ去っていくことは想像に難くなく、完全に元に戻ることはまずない。急速に変化する価値観の中での「東京」への執着を捨て、て考えてみることも必要だ、と改めて思う。

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このページは、が2011年4月15日 23:10に書いたブログ記事です。

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